昭和44年04月20日 特別奉修委員



 信心も出来ませんのにこの様なおかげを受けましてと喜ぶ人。是程信心するのにというておかげの受けられない事を嘆く人。ここん所にねおかげを受ける受けないの境がある様ですね。自分がこんなに信心させて貰いよるとに、こんなに自分の親教会に努めよるとに自分が是だけ一生懸命になっておるのに。そういいながらおかげを受けない。
  本当にあの、信心も出来ないのにこの様なおかげを受けてと、昨夜の前夜祭の後のご理解の中にもとにかく信心をさせて頂いて、信心の目を開かせて頂くと云う事は、今日只今あると云う事が有難いと云う事。それはどういう中にあってもそうだと。まあいうならば、病の床にある人もある。貧苦のどん底にある人もある。人間関係でもう本当に難儀をしておる人もあるけれども。 
  そういう例えば人間が思う所の難儀、そういう難儀な中にあっても本当におかげを頂いて有り難い、今日只今あると云う事が有り難い。いわゆる今あるを有り難いとお礼をいうその心があればおかげを受けられるとこう仰るのですから、もう結局ね、私はその所の有り難さというものが、その有難さの度合いが信心の度合いである。是は私自身の事を思うて見てもそれを感じる訳です。
  ああいういうならば、難儀のどん底の時にでも私は有難うして有難うして堪らんじゃったと云う事、この事実だけはどうにも仕方が無い。本当だったのだから。もう大坪さん、あんたこれ程の信心をしてから、どうしてこげん貧乏せんならんですかと、人から言われる位にあったのですけれども、もう私は有難して有難うして応えんかった。
  久保山先生が私に「大坪さんほんなこて有り難かってすか」ちいいよんなさったです。もうその有難うして応えんのが様々な御用に現れお話に現れ、とにかく有難うして有難うして応えんかった。それがあの言うなら、私の今日おかげを頂いておる一つの土台なんだ。本当に信心も出来んのにこの様なおかげを頂いてとこういう。これ程信心するのに、どうしておかげが受けられんのだろうかと、それだけ信心しよらなければ、おかげを頂かなければならないのだけれども。
 おかげが受けられれんのだと。信心も出来んのに、おかげを受けておる事実があるとするならばですね、その信心も出来ないのにと言う所を一つ本気で分からせてもろうてね、おかげを頂かなければならんと。昨夜私皆さんにも申しましたが、阿倍野の教会の先生が丁度私共が月参りをさせて頂いておる椛目時代でしたが、三十名あまりの私共が信者一緒に月参りをさせて頂いて。
  それはもうお広前一杯にどんどんどんどん上がって来ますから、どこの団体かと思いよりましたら阿倍野の教会。初めて私あの人が阿倍野の親先生だというその、まだ本当に昔ながらの髪をこう結うてね、あげた様な髪に結うて、体格のいい先生でした。何人5,6人くらいの出社の先生かなんかをお供に、皆んながもうとにかくあの、お広前の阿倍野が参って来る時には全部障子が取り払われたそうです。それでもまだ入りきらんち言う。毎月月参りが千人もあるとこう言う。
  沢山なお初穂をこんなにして、捧げ持つ様にしてから信者がここに並んでおるここの前を金光様、三代金光様があちらで、御奉仕になっておるここをとこう、捧げ奉ってお出でなられてからそのお初穂を玉櫛案の上にこうお供えされて、金光様おかげを受けれてどうも有難う御座いますと言うてその、有難う御座いますと言われたその、その一言がねもうそれこそ、千万銀の重みを感じる程しの有難いであった。
  私共は丁度あの当たりで椛目の者がその、お届けの様子を見せて頂いておった。有り難う御座います、その有り難う御座います、とてもとても千両役者でも、そげな台詞はとても言えないだろうと思う程しの有り難さ。只それだけそれで一緒に参っております、椛目の信者さんにそんなに申しました。これはちょいと今有り難う御座いますを忘れなさんなち。男もなからなければ女もない、女の先生ばいち。
 それであんた是だけの信者を引き連れて毎月をお礼参りが出来るんだ。それはあの、阿倍野の先生が今言わしゃったあの、有難う御座いますで是だけの者が助かっていきよるのだ」と。どんなにその、麗々しゅう有難う御座いますが言えれてでも、心の中にこれ程信心するのにち、いうものがあってはおかげにならんて。
  本当に金光様信心も出来ませんのに、この様なおかげを頂いて勿体無いと云う事なのである。有難い。その有難いの結局内容がね、おかげになって現れて来るのでありますから、私共が言うておる有難う御座います、おかげを頂きましてというのを、よくよく検討してそれをもっともっと本当な有難いものになって行く事の精進。それが私は修行だと思うのです。どうぞ一つ、信心も出来ませんのに、この様なおかげを頂いてという信心を頂かなければいけんと思うですね。
   どうぞ。